ひめじ芸術文化創造会議 のWEBサイト

シェア

2018年の活動レポート

公開日時 : 2019年01月05日

本稿では、代表である月ヶ瀬の目線から、その活動を振り返りながら「達成できたこと」「今後の課題」などを明らかにします。これによって、当会議メンバー・支援者各位の来年以降の活動の参考とするだけでなく、後世の人々が文化・街づくりを行う際の参考となれば良いと考えています。

はじめに

「ひめじ芸術文化創造会議」(以下、当会議)では、昨年に引き続き姫路・播磨の芸術文化水準が向上することを目的とした活動を行っています。特に今年は6回の座談会に加え、講演会や勉強会・ワークショップ、フィールドワークなどを行い、文化活動の研究・実践の面では少し具体的な活動を行うことができました。

本稿では、代表である月ヶ瀬の目線から、その活動を振り返りながら「達成できたこと」「今後の課題」などを明らかにします。これによって、当会議メンバー・支援者各位の来年以降の活動の参考とするだけでなく、後世の人々が文化・街づくりを行う際の参考となれば良いと考えています。



1〜4月の流れ

定例座談会の収束と会議の組織化


定例座談会の収束
定例座談会の収束

昨年来のペース(月2回程度)で座談会を開催してきました。昨年以上に「要望(わがまま)ではなく意見を出し合う」という指針を強め、市民のガス抜きの場ではなく未来を創る場としての座談会を目指しました。結果、残念なことに参加者は減り面子が固定されましたが、一方で意識の共有という点では少し深化させることができました。

市民フォーラムについては、主催団体としての役割が十分に担えない可能性が指摘され、開催を見送ることになりました。また、提案された「2階建て」方式(雑多な意見を持ち寄る会とそれらを集約する会に分けて実施するやり方)についても、人的体力不足によって実現しませんでした。

いずれにせよ、「私たちは市民の文化芸術の心柱の一つを目指そう」という意識が参加者の間に生まれ(雑多な座談会ではなく)少し組織としての体裁を整えることになったのは、このような流れからです。会則が施行される2018年4月1日を目処に座談会メンバーで準備を行いました。

会議の方向性や活動の進め方・活動資金のことなど幅広い部分で意見交換を行った一方で、街の文化芸術振興策については少し後回しにしてしまった部分がありました。これは2018年の活動全体に関わる反省点の一つかもしれません。2019年以降は、本来の目的である「市民からの文化芸術振興策の提案・提言」を勧めていきたいと考えています。(参考:2018年度活動指針「芸術文化が街づくりの要になる時代に」



「ふるさとづくり青年隊事業」への参加

公益社団法人 兵庫県青少年本部が行っている助成事業「ふるさとづくり青年隊事業」への参加が決定しました。

この参加については、主に賛成派の立花副代表と反対派の私(月ヶ瀬)の間で議論がありました。(この頃には主要な役職・委員は決まっていました)


助成金を活用した調査旅行
助成金を活用した調査旅行

立花副代表からは活動を加速させるための資金が得られる点や助成事業に採択されることが信用を得ることになる点などのメリットが掲げられました。とはいえ、失敗すれば返って人々の信用を損ねる危険性もあります。無理(背伸び)をしてまで活動を加速させる必要はないと思いましたが、最終的には私が折れる形になりました。(私は今でも反対ですが、ひと度決まった以上はそのメリットが最大限になるよう努めます。反対のための反対はしません。)

組織化スケジュールを年始の想定より少し早め、助成事業の募集に間に合わせることができました。この一連の手続きに際していくつかの不手際があり青少年本部の方々には多大なるご迷惑をおかけしましたが、4月中旬以降は私たちの暮らす姫路市に対する責任とともに出資者である兵庫県(青少年本部)に対する責任を感じながら活動を行うことになりました。



5月以降の流れ

立花副代表の提案した3本柱/3つのアプローチ(「学術的な研究・研鑽」「クリエイターとしての実践」「中間支援組織としての役割」)を元に活動を分化させました。(参考:第14回座談会



学術的な研究・研鑽


地元の文化を再発見するフィールドワーク
地元の文化を再発見するフィールドワーク

前述の通り「ふるさとづくり青年隊事業」に参加したことで、若者(学生)の学び場としての役割を果たさなくてはならない一方、私たちも学生たちと共に学ぶ機会を得ることができました。


都市計画・街づくりに関する講演会
都市計画・街づくりに関する講演会

4月以来、フィールドワーク『城下町のアートを知る〜ステインドグラス編〜』(4月5日)特別講演『園田聡氏に学ぶ プレイスメイキング手法を用いた街づくり』(5月30日)公開勉強会『ものづくりと著作権〜クリエイティブ・コモンズって何?〜』(6月14日)を開催しました。また、熊本視察旅行(6月21・22日)の際の熊本市職員とのディスカッションなどを元に、9月9日には福岡大学にて開催された「日本計画行政学会 第41回全国大会」において発表の機会を得、学生の橋本委員が発表を担当しました。

これらの学術的な側面については、主に立花副代表を中心に取り組んでもらいました。


シンポジウムへの参加
シンポジウムへの参加

それ以外にも、三木市で催された『職業体験フェスティバル』への視察旅行(8月26日/担当:伊勢田委員)、大阪・心斎橋で上演中のフードミュージカル『Gotta』への視察・取材旅行(8月27日/担当:月ヶ瀬代表)、京都市で開かされた第18回国際神道シンポジウム『アニメのカミ:若者文化と神道』への参加(10月27日/担当:月ヶ瀬代表)など…いくつかの視察旅行を通じて、「コンベンション施設の利用実態」「観光と文化発信」「宗教と芸術文化」という観点から学ぶ機会を得ました。



クリエイターとしての実践

月ヶ瀬を中心に「兵庫REGIO」(3月31日/主催:NPO法人ひょうご新民家21)への参加(ステージ構成・演出)や映画『ダライ・ラマ14世』上映会(4月15日)の主催を行ったほか、舞台や芸術に関わる委員らがそれぞれに活動を行い、また互いに支え合いました。また、浄瑠璃企画「播磨の物語と古典芸能・播磨国風土記を語る〜神代の子捨て〜」(10月5日/担当:立花副代表)にも参加し、未経験者が舞台の現場を体験する機会になりました。



中間支援組織としての役割

この分野については、(特に秋頃までは)少し疎かになったきらいがあります。上記のアカデミック/クリエイティブに属する企画を通じて学生・若者たちが芸術文化に触れる機会を設けたこと、それ自体も有意義な活動だったとも言えるのかも知れませんが…。


公開勉強会
公開勉強会

篠原副代表を中心に行った公開勉強会『いまさら聞けない舞台の基本(1)〜舞台音響のい・ろ・は』では、演者としてステージに立っている人にも周辺スタッフの役割を改めて学ぶ機会となりました。また、小さなホールの音響スタッフのボランティアを始める/始めた方々の初歩講座としても活用していただきました。この企画については、今後も継続して行いたいと考えています。(2月4日・花北ホールにて第2回勉強会を開催予定)


市政出前講座
市政出前講座

文化政策の分野で行政(政治)と市民を結ぶ役割としては、第19回座談会(市政出前講座)を行いました。2月6日2月20日に第20回座談会(市政出前講座)を開催予定です。

第20回座談会(市政出前講座)の日程が変更になりました。(修正:1月30日)


神戸新聞(2018年12月18日 朝刊)25面
神戸新聞(2018年12月18日 朝刊)25面

また、この春に予定されている市長選に立候補した飯島・清元両氏へのアンケート(飯島氏清元氏)も行いました。両氏には、年始の早い時期に芸文会議に(それぞれ)お越しいただいて、文化政策全般や新施設についての意見交換を行う予定です。

両候補者との意見交換会は、1月下旬に実施しました。詳しくは、「飯島・清元両姫路市長候補との意見交換会を終えて」をご覧ください。



ひめじ芸術文化創造会議が目指す街

最後に、活動の根幹にある現時点での思想的な部分・考え方についても少し触れておきます。



価値の創出、発信と受信

ある物事に価値や意義があるとすれば、物事それ自体に宿るのではなく「私たちとの関係性」に生まれるものであると、私(月ヶ瀬)は考えています。今まさにこの瞬間に、とある山奥に人知れず眠っている金銀財宝があったとしても、私たちには何の影響もありません。どこそこの林から大金が見つかったというニュースが報じられる度に「どうして発見される前に教えてくれなかったのか」と思う私ですが、未だ発見されず報道もされない財宝はどこかにあるのでしょう。そしてそれらの財宝は、少なくとも誰かに発見され、そのことを私に知らされるまで、私にどのような感情も喚起することがありません。

文化・芸術作品についてもこのことが当てはまります。もちろん、作家が自己満足のために作った、あるいは個人に送られた作品をすべて公開せよということではありません。秘める権利は作者・所有者にあります。しかし、もしある芸術作品たちが社会に役立てられるべきだと考えるならば、それらは世の人々の前に正しい形で提示されるべきです。私は広告デザインを生業としていますが、これはある種の物事の社会への提示を整形する仕事です。

また、受け取り手(市民)の態度も重要です。仮に街じゅうに絵画や彫刻が飾られても、それらがスプレーペンキで落書きされる対象としか受け取られないのならば、とても悲しいことです。世界に誇るべき姫路城ですら、一部の人々にとっては「あんなもの壊してしまえ」という否定的な対象となり得ます。そういう状況では、それらの文化や芸術作品が街に資することは難しいのです。正しく提示されたものは、正しく受け取る必要があるのです。

したがって、「姫路・播磨の文化芸術を発掘し報じる」と同時に「市民の文化水準を向上させ、文化芸術との親和性を高める」ことが喫緊の課題なのです。



コミュニケーションと相互理解

街づくりに関するアイデアについても同様のことが言えるのではないでしょうか。昨年来、「市民と行政が相互に信頼し、正しく意見を投げかけ、また正しく意見を受け止める姿勢を持つことが重要だ」という価値観を柱に活動を続けてきました。「私たち(市民)は知らされていなかった」と言うのは簡単ですが、それ以上に「知ろうともしなかった」という実態があります。

同様のことは、文化人・舞台人の間でも言えます。役者・演者は音響・照明・舞台スタッフの仕事を正しく理解しないまま、指示・要望を出してきました。そして、それが通らない/実現しないときには「あのスタッフは下手くそだ」と吐き捨てる…というようなことが何十年も繰り返されてきました。

私たちは、まずこういう現状への反省・自己批判からことを始める必要があると考えています。



継続性と信頼

当会議は、顧問を除けば(比較的)若い世代を中心として活動を行っています。有り体に言って「半人前の若造たちが偉そうに物申す」集まりですから、委員が口を開けば誰もが頷くような場面は期待されるべきではありません。ここに持ち寄られ、ここで生み出されるアイデアたちが、人々に理解され世の中を良い方向に加速させることを目指すのであれば、少々の小細工が必要です。例えば、誠実・実直・素直・真摯・熱意…というような態度を維持することです。昨日と今日の延長に明日があるように、それらの態度、持続・継続という努力、そして人々の信頼は、同じ直線の上にあるものだと私は考えています。また、(若者と比べて)年長者に信頼が備わっているならば、それは彼らが若いうちからこのような積み重ねを経てきたことによるべきだ、とも。

一方で、継続と信頼の関係性を顧みれば、件の新施設に対する市民の反応についても一定の理解ができます。昨日までなかったものが明日できるのですから、まず不審・疑いの念を持って構えてしまうのはある意味当然なのかも知れません。そうであるならば、それらのネガティブな感情について私たちは一旦横に置いて、場合によっては忘れてしまっても構わないと言えるでしょう。なぜなら、新施設の登場が昨日の出来事になる頃にはそれらは霧消してしまうに違いないのですから。

文責
月ヶ瀬 悠次郎