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芸術文化が街づくりの要になる時代に

公開日時 : 2018年04月09日

「ひめじ芸術文化創造会議」の趣旨と、2018年度の活動指針について。

芸術文化が街づくりの要になる時代に

創造都市には程遠い街

いま「地方が高いお金を払って、都会の物をただ受け取るだけ」の時代が終わり、それぞれの地域が独自の産業・文化を都市戦略として発進する競争的な時代が訪れようとしています。そしてそのような時代においては、芸術文化はもはや単なる教育や娯楽ではなく地方都市が生き残りをかけて取り組まねばならない重要課題なのです。私たちの暮らす姫路・播磨地域も、その例外ではありません。

例えば、以下のような問いに適切に回答できる市民・文化団体が、地域にどれだけいるでしょう。

2021年に完成予定の『(仮称)姫路市文化コンベンションセンター』が、歴史ある地域の芸術文化や地場産業の発信拠点として、十分な機能を備えているだろうか。また、欠落している機能があるとすれば、それは何であろうか。

この大きな施設を使って地域の歴史・伝統・文化・芸術・産業を継承・発展するために、私たちが今から準備しておくべきことは何だろうか。また、それらが地域を利するために適切な発信方法は、一体どういうものだろうか。

おそらく(私自身も含めて)大多数の市民が、言葉をつまらせてしまうことでしょう。

(大型施設の建設計画も含め)街が変わろうとしている時に、市民が正しく理解し、行動することができない。これが、私たちの暮らす街の現状です。



問題の本質

先のような問いには恐らく閉口してしまう市民たちではありますが、行政が行った大型施設建設計画についての意見公聴会では、実に多くの人々が様々な要望を矢継ぎ早に投げかけました。あるいは、私たちの開いた座談会においても「駅からの距離(700m)を歩かなくても良いような方法を考えて欲しい」とか「夜でも使えるようにして欲しい」といった意見を沢山いただきました。

この違いは何でしょう。「自分にとって便利な劇場」を提案することはいくらでもできるのに、「街にとって有意義な劇場」となると沈黙してしまうのです。つまり現状で市民や文化団体が投げかける意見は、その大半が採算やデメリットなど実現性を度外視した要求…はっきりいえばワガママでしかないということです。

当然、そのようなワガママは行政が採用できるものではありませんから、「市民の声を聞かない行政」という印象ができあがってしまいました。また同時に「市民の声は聞く価値がない/聞かないほうが良い」という教訓が、行政側には残ってしまったかもしれません。

このようなことは、少なくとも戦後70年間に幾度となく繰り返されてきたのだろうと思います。この不幸なすれ違いを解消することが、何よりも重要なことではないでしょうか。



すれ違い解消のために

「ひめじ芸術文化創造会議」は、まずは市民・文化団体同士のネットワークを作る必要性を感じています。異なるジャンル・立場の人々が一堂に会し、互いのことを学び合うテーブルを作るのです。例えば、ある芸術家が「他ジャンルの芸術文化が劇場に要求する条件がわからないので、総合的な判断ができない」というような状況は、彼らがその技術・知識の研鑽の過程で各々の専門・得意分野に終止してしまう傾向があることに起因していると考えています。

また、それに並行して行政からの信頼を回復する必要があります。座談会には折りに触れて行政の担当者を招き、意見交換を行います。行政の意図を正しく汲み取り、「聞く価値のある」声を投げ返すことが何よりも大切だと考えているからです。

さらに、市民・文化団体の芸術水準を高め、特に若い世代の参入を推進する必要があります。そのためには、そういう仕事があるということを若い人たちに知っていただくところから取り組まねばなりませんし、芸術家や技術者として彼らがちゃんと食べていける環境を作ることも重要です。つまり、芸術や技術に興味を持つ人々を増やし、それらに対価を支払うことができる/意志のある人々を増やさなくてはなりません。これも私たちの仕事の1つです。

文責
月ヶ瀬 悠次郎