令和8年 年始のご挨拶
公開日時/2026年01月01日

文:月ヶ瀬悠次郎 
あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。時代が大きく変わりゆくなかで、技術の進化が私たちの社会や日常に深く入り込んでいます。生成AIの登場と急速な普及は、創造や記録、対話のあり方までも塗り替えつつあります。新しい年を迎えるにあたり、そんな「変化のただなか」にある今、私たちが何を見つめ、何を守り、何を次に手渡していくべきか——そのことを、静かに考えてみたいと思います。
あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
時代が大きく変わりゆくなかで、技術の進化が私たちの社会や日常に深く入り込んでいます。生成AIの登場と急速な普及は、創造や記録、対話のあり方までも塗り替えつつあります。
新しい年を迎えるにあたり、そんな「変化のただなか」にある今、私たちが何を見つめ、何を守り、何を次に手渡していくべきか——そのことを、静かに考えてみたいと思います。
生成AIは、ものすごい速さでインターネット上の言論空間を(良い面でも悪い面でも)書き換えつつあります。たとえば、言語の壁はこれまでにないほど低くなりました。非常に読みやすい翻訳が一瞬でできるようになり、他言語で書かれた議論や最新の知識にもアクセスしやすくなっています。
ただし、その「言語の壁」が完全になくなったわけではありません。むしろ、壁の位置が変わったとも言えるでしょう。言論空間の構造そのものが変化し、いま、「知の地形」が静かに組み替えられているように感じます。
日本は長いあいだ、その「知の地形」から多くの恩恵を受けてきました。明治時代の西周や明六社の活動に始まり、日本の知識人たちは西洋の文献を次々と和訳しながら、それを日本人に伝わるように、いわば“和風洋食”のように再構成してきたのです。「哲学」や「自由」といった、本来日本にはなかった概念がきちんと根づき、国際的な文化や社会の問題について自国語で深く考え、議論できる環境が拓かれました。そうした「知の地形」が戦前から戦後にかけて日本を支えてきたとも言えるでしょう。
しかし今、そのアドバンテージは失われつつあります。これまで十分な翻訳環境や知的基盤を持たなかった言語話者であっても、生成AIを使えば、他言語の知識を直接手に入れられるようになってきたからです。
一方で、こうした技術が生み出す「静かな忘却」とも呼べる、新しい壁にも注意が必要です。生成AIは、大量のデータを持つ言語や文化を中心に学習します。英語やフランス語、スペイン語、中国語など、流通しやすい言語はAIに強化されていく一方で、「語られないもの」……たとえば縦書きのモンゴル語のように、デジタルで扱いにくい言語や、そもそも学習用データが少ない文化などは、徐々に構造的に忘れられてしまうのです。
生成AIは、記憶を広げる装置であると同時に、放っておけば強力な「忘却の装置」にもなり得ることを、私たちは忘れてはなりません。
だからこそ「記録する」という行為が、これまで以上に大きな意味を持ちます。先人から受け継いだものと、現在のわたしたちの日々の営みを、次の世代へと手渡していくこと。そうした地道な積み重ねこそが、文化を時の流れの中につなぎとめるのです。
いま目の前にある営みのひとつひとつを、未来へと受け渡す橋にしていくこと。それはきっと、誰にでもできる、しかし確かな「創造」であり、「対話」でもあると信じています。
この一年もまた、記し、伝え、つないでいく歩みを、皆さまとともに重ねていけますように。どうぞ、健やかで実り多き年となりますように。
令和八年 正月
ひめじ芸術文化創造会議 一同

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