舞台文化と「コロナショック」

公開日時 : 2020年04月19日

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文:月ヶ瀬悠次郎 月ヶ瀬悠次郎

新型コロナウィルスの感染拡大を抑えるために全国的に自粛が行われています。私たち「ひめじ芸術文化創造会議」においても、会のメンバーやその周辺の舞台文化人の実情や反応を持ち寄り意見交換を行いました。本稿は、そこで持ち寄られた状況の整理といくつかの提案をまとめたものです。

舞台文化人の置かれた状況

新型コロナウィルス感染症の流行とそれに付随した「コロナショック」と呼ばれる全世界的な停滞ムードの中、実に多くの業種の人々が活動の自粛を余儀なくされています。

舞台文化人もその例外ではありません。劇場やホールなど、舞台文化の中心となる施設の多くが、いわゆる『三密』※1と呼ばれる環境に当てはまるため、多くの行事や興行が延期もしくは中止となりました。


経済的な困窮

行事や興行の延期・中止によって、舞台出演者や舞台技術者(舞台・照明・音響…)は働き場所が失くなり、収入を得ることができていません。特に、非正規雇用やフリーランス(個人事業主)で働いていた人々にとっては、完全に収入を絶たれることで生活に困窮する者も出始めています。

また、興行主や制作者は、仕事と収入を失うだけでなく、延期・中止に伴う事務処理(延期の場合は会場や出演者・スタッフのリスケジュールなど、中止の場合はチケットの払い戻しなど)や告知・広報に忙殺されながら、同時に既に発生している費用の用立てに苦心している状況です。


社会的な疎外感や無力感のこと

また、衣食住を満たした上での余興、あるいは贅沢な趣味としての文化芸術に属していた側面からは、世間から「不要不急の存在」として扱われていると感じ、彼らは著しい疎外感・無力感に苛まれています。社会において必要とされないと感じることの心理的なダメージは、想像に難くありません。

※1 『三密を避けよ』という表現は、東京都知事の小池百合子氏が記者会見で発表したものです。仏教では『三密』を「生命活動の3つのはたらき(身体・言葉・心)」を表す言葉として重要視しており、仏教界(真言系を中心に)で反発が巻き起こっています。私たち芸文会議は、芸術・文化と宗教の歴史的な関連性を重要視する立場から、仏教界の反発に共感するものですが、ここでは中立的に分かりやすくするために敢えて用いました。

社会保障(公助)

公的な救済措置(融資や一時金など)

現在、小規模事業者向けの助成金や無金利または低金利の融資など、国や自治体による支援策が毎日のように発表されています。しかし、今日の情報が明日には古くなってしまうような中では、その一つ一つを紹介することはあまり現実的ではありません。

必要な方は、各自治体の設ける窓口などで相談してください。ただし、窓口の担当者も(恐らくは情報が錯綜する中で)目が回るほど忙しく働いているのだということをよく理解した上で、ちょうど劇団の怖い制作担当者から予算を取ってくるときのように、丁寧に、かつ辛抱強く相談するようにしてください。


他業種も同様

また、窓口で相談するとき、あるいは何か別の公的な支援を求める際に心がけねばならぬことがもう一点あります。それは、困っているのは自分たちだけではないということです。

飲食業・交通産業・観光産業……様々な業界で営業自粛による直接的な困難を強いられており、その影響は広く拡がっています。もはや誰もが当事者であり、社会全体でその困難を共有しているのです。

舞台文化や芸術のために特別な支援を求める声も聴こえてきますが、それはもう少し世間の状況が落ち着いた後、再生の時期に求めるべきことであると私たちは考えます。今は、政府が宣言した通り「緊急事態」の最中ですから、誰もが健康に生き延びることに最大の注力を行うべきです。

誰しも困難な状況においては自らを優先してしまうものかもしれませんが、そのような時こそ譲り合いの心が大切なのです。まして、文化人は平素その心豊かさを誇りに生きているのですから、今こそ、その思いやりのある態度を世に示さなくてはなりません。


困難を乗り越えて(自助・共助)

レジリエンス

コロナショック以来、フォーラムやシンポジウムが開催されることが減ったため、すっかり耳にしなくなった言葉に「SDGs(持続可能な開発目標)」というものがあります。昨年末までは、どのようなジャンルのフォーラムやシンポジウムでも必ずと言って良いほどSDGsに関連付けた講演・スピーチが行われたものでした。

そのSDGsの重要な柱の一つに「レジリエンス(強靭さ)」というものがありますが、今回のコロナショックによって、まさに私たちの社会や属する団体のレジリエンスが試されている状況です。

現状の苦難をただ乗り越えるだけではなく、社会的な意識変化や業界改革につなげていくことが大切です。


これまでの問題点・今後の課題

レジリエンスのためには、リスクやダメージを分散させることが大切です。一部に被害が集中すれば、ちょうど堤防の決壊と同じように業界全体が瓦解する恐れもあるのです。


技術者の非正規雇用やフリーランスが常態化

例えば、技術者の多くが非正規雇用やフリーランスとして丸裸で働いていることも、検討すべき課題の一つではないでしょうか。これには、そもそも本人が会社員として束縛されることを嫌う場合もあれば、(他の業種と同様)正社員を多く抱えられる体力のある舞台関連会社が少ないという事情もあります。しかし、何らかの形でリスク分散を考えねば、尻尾の切り過ぎで全体が失血死する恐れがあります。


出演者のチケットノルマへの依存

特に小規模な劇団や興行では、収益を出演者のチケット売上に依存し過ぎていたきらいがあります。大抵は、「出演料はチケット売上の何割で…」というような契約がセットで結ばれていますから、イベントが中止になると彼らには全く収入が入りません。

これまでは技術者や出演者にプロ意識(手を抜いたら次から仕事が無い! チケットを売らない仕事が失くなる!)を持たせるという点でフリーランスやチケットノルマが良かった部分もあるのですが、同時に人材育成や労働条件の問題も懸念されていました。ちょうど終身雇用制のメリットとデメリットを入れ替えたようなものです。

さらに、今回のコロナショックでは彼らへの極端な皺寄せが浮き彫りになりましたから、この機会に何か別の方法か補助的な手段を考える必要があるのではないでしょうか。


いくつかの提案

副業や貯蓄の奨励

また、同じことは出演者や技術者個々人の働き方にも言えます。そもそも専門的な職業ですから必然的に収入源は限定されやすいのですが、(ちょうど観光業がインバウンド観光に重点を置いていたために、春節の中国人観光客の受け入れを止めることができなかったように…)単一の仕事に頼り過ぎていたために、それを失うことは全てを失うこととなってしまいました。

個人でもリスクを分散させるための副業や別の収入源※2 を考えることは必要ではないでしょうか。あるいは、一定期間の無収入を乗り越えられるだけの貯蓄を奨励する運動を業界全体で行っても良いかもしれません。


「不可抗力条項」導入の検討

さらに、行事や興行が延期・中止になってもある程度の収入を得られるようにしておくことも検討してはどうでしょう。

行事主催者や興行主がチケット販売時に不可抗力条項(主催者・興行主の責任ではない災害などの事由によって中止になった場合には代金を返却しない旨)を設けておくことを業界標準として導入すべきです。そうすれば、出演者や技術者は「会社からの休業補償」に相当する保障(本来のギャランティの何割か)を行事主催者や興行主から得られる契約を結ぶことがやりやすくなります。

あるいは、小規模イベントでは煩雑な手続きを嫌って利用することが少なかった各種の保険も積極的に利用することを検討するべきです。

※2 ネットワークビジネスを始め、あまり品の良くないサイドビジネスに手を出して業界内外に被害が広がる例も多くありますので、安直に何でもやれば良いということではありません。そうではなく、例えば『舞台音響技術者がアドバイスする店内BGMの設備』『舞台照明家によるショップディスプレイ』のような、舞台の外で舞台の技術を活用するような仕事を考えることも提案しておきます。

自粛が始まって起きていること

ライブ配信への駆け込み

行事や興行が中止になったので、出演者を中心に、オンラインのライブ配信を行う動きが活発化してきました。収益化に繋げることは難しいようですが、ファンとの交流を維持することには、一定の効果があるようです。何より、「観てもらう」「聴いてもらう」ことを生き甲斐として活動している彼らにとっては、ささやかな息継ぎとなっているのでしょう。(自己満足という謗りもあるでしょうが…)

ただし、全国的にインターネット回線の逼迫が懸念されている昨今ですから、猫も杓子もオンライン……というのもそろそろ問題になりそうです。実際、動画サイトでは画質を抑えるようなプログラムを始めたようですし、YouTubeでは登録者の数でライブ配信に制限をかけるようなことも行っています。また、ライブハウスや劇場での興行以上に同時開催が行われているので、視聴者が分散してしまうこともあります。

供給過多による回線逼迫と視聴者分散を防ぐために、(ファンが重なる界隈毎に音頭を取って)番組の編成を行うようなことも検討してはどうでしょうか。


支援を要求する政治活動

これは舞台文化業界に限ったことではありませんが、公的な支援を求めるに際して少し過激な社会運動が行われているようで、行き場のない鬱憤のために必要以上に強い言葉で過度な要求を行っている様が見られます。

特に「国が支援をしてくれたらウィルス感染の拡大予防に協力しても良い(そうでなければ協力はしない)」などという、まるで脅迫めいた文言で署名活動を行っている集団もありますが、これは社会の一員としての自覚を著しく欠いたものであり、私たち芸文会議としてはまったく賛同できるものではありません。

もちろん、困難な状況にある人が社会保障を求めることは当然の権利です。今回のような社会全体が重く沈んでいる時期であっても、誰も見捨てられない世の中であって欲しいと心から願っていますし、支える人と支えられる人が居ても良いのだと感じています。

しかし、より大きな声を出したものが多くを得るような、奪い合いの世の中であってはなりません。相手の立場や境遇、社会全体の様子を鑑み、礼節を持って穏やかに振る舞うことの重要さは前述したとおりです。そして、特に人の前に立つ仕事をしている者にとっては、世の規範であることが求められるのではないでしょうか。

政治参加はとても大切なことです。私たち芸文会議は、政治・経済・産業と芸術・文化が一体となって未来を作っていくことを重要視しています。また、私たちは時に政治的な発言も行いますし、このように分不相応な発信を世に投げかけることも致します。なぜなら政治参加とは、反論してこない相手を一方的に罵ることではなく、意見の異なる隣人と友情を持ったまま気軽に議論ができる状態のことだと、私たちが信じているからです。誰もが意見を言う権利を持っていて、誰もが反論を受ける責任を負っているのです。


結び

いずれにしても、今は皆で困難を共有して乗り越えねばならない時期です。いつまで続くかは判りませんが、いつまでも続くわけではありません。希望を捨てずに、互いに助け合い、励まし合いながら頑張って参りましょう。

経済的・精神的な負担を引き受けながら営業や活動を自粛されている方々、未知の病に立ち向かっておられる医療関係者、私たちの生活をぎりぎりの線で支えてくださっている全ての方々に感謝申し上げます。

「ひめじ芸術文化創造会議」では、これからもこのような社会的な問題について芸術・文化と政治・経済・産業を一体的に考えるような活動を続けてまいります。折に触れて、このような発信も行ってまいりますので、「隣人同士の議論」の種としてお使いください。

また舞台や芸術だけではなく、様々な事柄について微力ながら力添えができることもあろうかと思います。助成金の申請や初めての発表会など、お気軽にご相談ください。

令和2年4月19日 ひめじ芸術文化創造会議 一同



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