役員の活動/書籍『AIと人間——知の責任について』
公開日時/2026年05月04日

文:月ヶ瀬悠次郎 
2026年6月10日(水)、月ヶ瀬悠次郎代表が編集・造本・組版を担当した書籍『AIと人間——知の責任について』(著:三宅善信)が集広舎より発売される。
2026年6月10日(水)、月ヶ瀬悠次郎代表が編集・造本・組版を担当した書籍『AIと人間——知の責任について』(著:三宅善信)が集広舎より発売される。
本書は、神話と聖書、神学と神道、生命論とメディア論を自在に往還しながら「人工知能」という言葉そのものの矛盾に迫り、「知の責任」を軸に知・身体・責任を宗教神学的に考察したものである。
- 書名
- AIと人間——知の責任について
- 著者
- 三宅善信
- 発行
- 集広舎 〔WEBサイト〕
- 発売予定日
- 2026年6月10日(水)
- 製本
- 並製/四六判・縦/176ページ
- 図書コード
- ISBN978-4-86735-064-5 C0036
- 価格
- 1,500円(税込1,650円)
帯文から
――AIを語ることは、人間を語ること
そして人間を問うことは、希望と責任を問うこと
人間はなぜ判断を手放したがるのか
「エデンの園」を不気味の谷の向こうに見た
シンギュラリティは「第二の知恵の樹」なのか
似て非なる"それ"に垣間見えてくる人間の本質とは
本書についての月ヶ瀬代表のコメント
当会とも縁が深く、個人的にも親しくお付き合いさせていただいている三宅善信師の新著である。
本書は構想段階より折々に議論の機会をいただき、その思索の展開の一端に触れてきたものであり、また海外誌に掲載された関連論文も拝読した。
近年、AIに関する書籍は数多く刊行されているが、生成AIをめぐる諸問題を宗教者が神学的視点から掘り下げた著作は決して多くない。そもそも日本においては、「AIは神のような存在になりうる」「シンギュラリティが到来する」といった宗教的な言説が広く流通している一方で、宗教を正面から議論する態度は必ずしも十分とはいえない。そもそも固有の宗教観を内包しながらも、それを言語化することに慎重であり、時に「宗教」という語そのものに距離を置く傾向すらある私たちは、「宗教アレルギー」が度を越した「宗教音痴」といわれるほど。
しかしながら、国際的な文脈においては、宗教は思想の根幹として明確に位置づけられ、相互の差異を前提とした対話が重ねられている。本書はそうした状況を背景に据えつつ、そのギャップを埋めながら、宗教間対話の専門家である著者が宗教的・神学的視座から「知の責任」という軸から人間の知・身体・責任のあり方を根底から問い直すものだ。

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